佐藤康光 米長 正座 4

写真はイメージです この記事では、将棋界の珍事件「いろは坂事件」を紹介しています。 この事件は羽生善治、佐藤康光、森内俊之という大棋士三人の最初で最後のドライブのお話しです。 時は羽生六冠が谷川王将に挑戦する王将戦第二局。 1995年あたりかと思います。 写真はイメージです この記事では、将棋界の珍事件「いろは坂事件」を紹介しています。 この事件は羽生善治、佐藤康光、森内俊之という大棋士三人の最初で最後のドライブのお話しです。 時は羽生六冠が谷川王将に挑戦する王将戦第二局。 1995年あたりかと思います。 14位三浦弘行九段 19期←new. | 話戻って、米長はこのボナンザの対局者として、最初は佐藤康光棋聖(当時)を選んだらしい。佐藤は周囲から「1秒で1億と3手を読む男」と言われていた。ところが佐藤はいともあっさりと固辞した。 米長は粘って「そんな堅いことを言わずに受けてくれ。1000 桐山清澄 a型 11人. 10位佐藤康光九段 24期(名人2期含む)←new. 将棋世界1989年8月号、米長邦雄九段の「今月はこの一局! 棋聖戦 中田宏樹五段vs佐藤康光五段 腰掛け銀の好局」より。 今月はイキのいい若手二人の将棋をお届けしよう。 中田宏樹五段は桜井七段門で24歳。 彼は年間の勝率第1位になったことが

15位灘連照九段 17期. 藤花戦三番勝負展望, このサイトに掲載されている記事・イラスト・写真・商標等の無断転載を禁じます。. 9位米長邦雄永世棋聖 26期(名人1期含む) 10位丸田祐三九段 24期.

12位森内俊之九段 22期(名人8期含む) 13位有吉道雄九段 21期. O型 1人. 佐藤康光 九段 o 郷田真隆 王将 o 深浦康市 九段 o 森内俊之 九段 o ... 米長邦雄 名人 ※血液型別将棋棋士一覧を参照させていただきました。 2018.4.30更新 九段以上の現役棋士 1998.1現在. ◆トランプは血迷っているから今年いっぱいの先行きがどうなるかはわからないが、大統領選挙はバイデンに軍配を上げた。だったらバイデン、ハリスのお手並み拝見である。それはそれとして、ここに至るまで、日本のマスコミや論壇やコメンテーターがトランプの暴論暴走を正面きって叩かなかったのが、なんとも信じられない。バイデンとの政策比較に汲々としたからだろうが、暴論暴走は大いに叩けばよろしい。様子を伺って、それまでは右顧左眄して、結果が出てから「ほれ、みたことか」と言うのは、もうやめたほうがいい。ジャーナリストも論者も育たない。◆アメリカではトランプを「性差別の先頭を走る」「マフィアのボスだ」「管制塔に紛れこんだ12歳児」といった批判が乱れとんだ。ボルトンやコーミーらの元側近による暴露本も囂(かまびす)しかった。それらのトランプ批判がどのように的を射ていたかはべつにして、これにくらべると、日本はたんに臆病だった。情けない。◆理由はいくつもあろうが、そのひとつに、いつのまにか日本の論調が、ひたすら「わかりやすさ」に向かうようになったということがある。お粗末きわまりないけれど、どこもかしこも「わかりやすさ」に落着することを選ぶようになった。事の是非に鉄槌を食らわせることも、文春砲まかせで、できるだけ避けるようになった。◆最近、河出の編集出身の武田砂鉄が『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版)を書いて、「わかりにくさ」において気持ちが通じることの重要性を説いていた。その通りだ。「偶然」に対する希求と筋力が落ちているという指摘も、その通りだ。武田は『紋切型社会』(朝日出版社)や『日本の気配』(晶文社)でも、そうした山本七平の「空気」批判のようなことを書いていた。ただし、なぜ「偶然」(偶有性)がすごいのかを説明しなかったのが残念だった。◆「わかりにくさ」といえば、日本の左翼活動の言説はまことにわかりにくかった。60年代半ば、ぼくもその一翼にいたのでよくよく実感したが、わかりにくければそれでいいというほど、舌足らずでもあった。ブント用語、全共闘用語というものもあった。では、なぜそんなふうになったのか、その事情の渦中を浮上させようという試みが、このところふえてきた。情況出版や明石書店など、いろいろ新たな分析が出ているし、懐かしい津村喬の『横議横行論』(航思社)や長崎浩の『革命の哲学』(作品社)なども出ているが、鹿砦社が構成した『一九七〇年 端境期の時代』を興味深く読んだ。◆田原総一朗のインタビューから始まって、フォークをやめた中川五郎、水俣病闘争の渦中にいた矢作正、大阪万博をふりかえった田所敏夫、新宿で模索舎をやりつづけた岩永正敏、赤軍事件背景を「山小屋論」として綴った高部務、そして板坂剛による仮想「革マルVS中核」ディベートやよど号事件以降ピョンヤンにいる若林盛亮の回顧談など、いずれも読ませた。1970年の詳細な年表も挿入されている。◆1970年は、東大全共闘が撃沈し、安保改定が確立し、大阪万博が開かれ、三島由紀夫が自害した年である。数々の「わかりにくさ」と「犠牲」と「総括」が渦巻いた最後の年であったかもしれない。, ◆コロナと猛暑とリモートワークで日本がおかしくなっている。だいたいGOTOキャンペーンが最悪の愚策だった。そこに自治体首長たちの自粛要請、保健所とPCR検査の機能麻痺、しだいに重々しくなってきた医療危機、発言確認ばかりで満足しているリモートワークが重なり、それに猛暑日・熱帯夜・熱中症が加わった。おかしくないほうが、おかしいほどだ。◆外出自粛でコトが済む時期はとっくに過ぎた。水道の元栓を開いたままで蛇口の分量を調整しようというのだから、これではコトの予測さえ成り立たない。そこをたんなる自粛で乗り切ろうとすると、「いびつ」がおこる。外出先を制限すれば、居住性のほうに危険が移る。いまや危険なのはキャバクラやホストクラブではなくて、家庭のほうなのである。お父さんが自宅で仕事をして、大きい姉さんが仕事場に出られず、弟が学校に行けず、早やめに小学校から帰ってきた末っ子が騒ぎ、いよいよ爺さんか婆さんが勝手な望みを言い出せば、母親は苛々するばかりだ。おかしくならないほうが、おかしい。◆ところでコロナ・パンデミックについての論評には、まだ芳しいものがない。なかでイタリアの素粒子物理学者パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』(早川書房)は、コロナ発祥拡散直後の3月に書かれたエッセイで、1カ月ぶんの激変の中で綴られた、涼やかだが、思慮深いエッセイだった。◆ジョルダーノが言いたいことは次の5点だ。①いま僕らの頭脳が試されている、②われわれはまだ複雑性についての対処に取り組めていなかった、③感染症の数学として、感受性人口(Susceptibles)、感染人口(Infection)、隔離人口(Removed)の3つのパラメータによるSIRの計算が必要である、④市町村の単位ではない共同体についてのモデルを考えなければならない、⑤感染症の根本要因は僕らの軽率な消費活動にある。◆日本ではダイヤモンド・プリンセス号に入った岩田健太郎の『新型コロナウイルスの真実』(KKベストセラーズ)や病理医の堤寛による『感染症大全』(飛鳥新社)などのような啓蒙書か、富山和彦『コロナショック・サバイバル』(文芸春秋)、高橋洋一『コロナ大不況後、日本は必ず復活する』(宝島社)、ムックの『アフターコロナ』(日経BP社)などの経済コロナ対策本が多い。緊急に小説も書かれた。たとえば海堂尊の『コロナ黙示録』(宝島社)だ。海堂得意の桜宮サーガのバチスタ・シリーズに乗せた政権批判小説だった。病理と国際政治学との関連性にふれた詫摩佳代の『人類と病』(中公新書)もあった。◆野田努君らのエレキング・ブックスからは『コロナが変えた世界』(Pヴァイン)が刊行された。ブライアン・イーノとヤニス・ヴァルハキスのポストコロナ社会のヴィジョンをめぐる対談が目玉になっていたので期待したが、これは得るものがほとんどなかった。イーノがこんなにも能天気だとはがっかりする。それより内田樹、宮台真司、上野千鶴子、篠原雅武に対するインタヴューの答えのほうが、ずっとおもしろかった。◆内田は、コロナ問題でまたまた日本の統治機構の劣化と、日本人が「ものさし」をつくっていないことが露呈したと指摘。『方丈記』とともに漱石の『草枕』を推薦しているのが粋なはからいだ。上野の指摘はすべての問題は平時の矛盾が有事に出てきたという見方が一貫して、ゆるがない。女子問題にまったく言及しない小池都知事に苦言も呈した。篠原は「人新世」の前触れとしてコロナ禍をとらえ、マイク・ディヴィスやデイヴィッド・ウォレス・ウェルズの素早い反応なども紹介していた。◆宮台は、各社会の危機管理の性能とその性能に応じた社会の支えがアンバランスであることを指摘したうえで、アメリカにはアレとコレが両立しない共時的矛盾があるが、日本にはかつての作法が通用せず、それなのに今日に通用する作法がまったくできていないという通時的矛盾がはびこっていると強調した。これは当たっている。ようするに日米両方ともにゼロ・リスクを求めるために思考停止がおこっているわけで、宮台としてはそれを突破するには「もっと絶望を」ということになる。◆多くの識者を集めた『思想としての〈新型コロナウイルス禍〉』(河出書房新社)も緊急出版だったが、こちらは一番大きな展望を提供した大澤真幸、シニカルな與那覇潤・笙野頼子、病理の仲野徹、アフリカ研究の小川さやか、ドゥルーズ派の堀千晶などが読ませたが、全体としては目次もあとがきもない促成本だ。ところで、GOTOキャンペーンとともに、大きなお世話だと言いたいのが「ステイホーム」の標語だが、どこかの首長が「どうぞ、ゆっくり本をお読みください」と言っていたのとはうらはらに、圧倒的にネット読みとテレビ視聴率が上がっただけだったらしい。, ◆ぼくの仕事場は、建物としては赤堤通りの角の3階建のスペースそのものである。そこは編集工学研究所が借りていて、1階の井寸房(せいすんぼう)や本楼(ほんろう)、2階のイシス編集学校の事務局にあたる学林と制作チーム、3階の企画プロデューサー・チームと総務・経理などに分かれている。その3階に松岡正剛事務所も入っていて、ここに太田・和泉・寺平・西村の机、そしてぼくの作業用書斎がある。◆作業用書斎といってもとても小さい。部屋ではなく書棚で囲んだ領土(領分)になっていて、8畳まで広くない。ふだんは、この「囲い」の中の大きめの机の上にシャープの書院とDELLのパソコンが並んでいて、二つを同時に使って執筆する。両方とも通信回線は切ってある。だからぼくへの通信は松岡正剛事務所のスタッフを通してもらわなければならない。ケータイ(スマホは持たない)も番号を知る者はごく少数なので、めったに鳴らない。メールも切ってある(メールは30年間、使っていない)。◆「囲い」の書棚には、数えたことはないけれど、3000冊ほどの本がぎっしり詰まっている。思想系の本と新着本と贈呈本ばかりで、選書の基準は「できるだけ複雑に」というものだ。「面倒がかかる本」ばかりが集まっているのだ。ただ、すでに満杯である。だからときどき棚卸しをして、各階に配架して隙間をあける。配架といっても、全館の書棚にはすでにおそらく6万冊以上の本が入っているので、こちらももはや溢れ出ている状態だ。だから二重置きしているほうが圧倒的に多い。それでも、たいていの本の位置は太田と寺平がおぼえている。◆作業書架「囲い」には、本と机とPCのほかには何もないが、二つだけ格別なものが用意されている。ひとつは肺癌手術をしたあと、事務所が導入してくれたリクライニングチェアだ。食後や疲れたときにここに坐り、たいてい本を読む。ほどなくして疲れて背を倒して寝る。これはほぼ日課になってきた。◆もうひとつはこの「囲い」ができた当初から和泉が用意してくれたもので、洋服箪笥と狭いクローゼットが書棚の裏側に隠れるようにして、ある。ここで着替えるのだが、この作業がぼくには必須なのである。本を摘読することと着替えることとは、まったく同義のことであるからだ。「本」と「服」とは、ぼくにはぴったり同じものなのだ。実はもうひとつ同義なものがある。それは「煙草」と「お茶」(あるいは珈琲)だ。◆以上、ぼくは、こんな「ほんほん」な状態で日々を送っているのです。ちなみに自宅の書斎はもっと小さい。書院とipad、それに書棚が二つで、本の数はごく少量だ。いつも300冊くらいが少しずつ着替えているくらいだと思う。, ◆自粛とテレワークが強いられているが、メディアで見ているかぎり、有事の中の緊張はないようだ。戦時中ではないのだから過剰な自制は必要ないし、相互監視などもってのほかだけれど、逆にお気楽なユーチューブ・ラリーが続いているのも、いただけない。仮にそれが「はげまし」の連鎖だとしても、自粛解除のあとはどうするのか。きっとライブやドラマ撮影や小屋打ちが再開して、ふだんの平時に戻るだけなのだろう。もっとも自粛中のテレワークはけっこう便利そうだったので、うまくリモート・コミュニケーションをまぜるだけになるのだろう。思うに、ニューノーマルなんて幻想なのである。◆緊急事態宣言が解かれても、ワクチンや治療剤が登場するまでは、なお異常事態が続いていくとも見るべきである。その宿命を背負っているのは、なんといっても病院などの医事現場である。感染治療も感染対策もたいへんだし、治療や看護にあたる従事者の心労も続く。経営もしだいに逼迫していくだろう。なぜこうなっているかといえば、原因はいろいろあるけれど、細菌やウイルスがもたらす疾病が「個人治療」だけではなく「人類治療」にかかわるからである。◆一般に、多くの医療は「至近要因」に対処する。人間一人ずつに対処して治療する。これに対してウイルス対策は「究極要因」を相手にする。いわば人類が相手なのである。人類が相手だということは「生きもの」全部が相手だということで、人間も「生きもの」として見なければならないということになる。◆かつて動物行動学のニコ・ティンバーゲンは、そのように「生きもの」を見る前提に「4つのなぜ」があると説いた。①適応の機能に関する「なぜ」、②系統発生にもとづく「なぜ」、③器官や分子に関する「なぜ」、④個体の維持に関する「なぜ」、の4つだ。これについては長谷川眞理子さんの『生き物をめぐる4つの「なぜ」』(集英社新書)という好著がある。ゼツヒツの1冊だ。◆こういうふうに、われわれを「生きもの」として見る医療は「進化医学」とも言われる。進化医学では感染症の発熱を感染熱とはみなさない。ウイルスなどの病原菌が生育する条件を悪化(劣化)させるために、われわれの体がおこしている現象だとみなす。免疫系の細胞のほうが病原菌よりも高温性に耐性があることを活用して発熱をもたらしたのである。だからすぐさま解熱剤を投与したり、体を冷却しすぎたりすることは、かえって感染症を広げてしまうことになりかねない。ウイルスは血中の鉄分を減少させることも知られているが、これもあえてそういう対策を体のほうが選択したためだった。◆このような進化医学については、定番ともいうべきランドルフ・ネシーの『病気はなぜ、あるのか』(新曜社)が興味深かった。「苦労する免疫」仮説を唱えて話題を呼んだ。そういえば、かつてパラサイト・シングルといった用語をつくり、その後もフリーターや家族社会学について独自の見解を発表していた山田昌弘が、2004年に『希望格差社会』(筑摩書房)で、ネシーの「苦労する免疫」仮説をうまくとりあげていたことを思い出した。◆進化医学をもう少し突っ込んでいたのは、ぼくが読んだかぎりでは、シャロン・モアレムの『迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか』(NHK出版)やポール・イーワルドの『病原体進化論―人間はコントロールできるか』(新曜社)だ。いずれも大いに考えさせられた。イーワルドはTED(2007)で急性感染症をとりあげ、「われわれは、細菌を飼いならせるのか」というユニークなトークを展開している。イーワルドの言い分から今回のCOVID19のことを類推すると、武漢での飲料水や糞尿や補水がカギを握っていたということになる。, ◆先だってちょっとばかり濃いネットミーティングをしたので、その話をしておく。COVID19パンデミックの渦中の4月25日、HCU(ハイパーコーポレート・ユニバーシティ)第15期目の最終回をハイブリッド・スタイルで開催した。本楼をキースタジオにして、80人を越えるネット参加者に同時視聴してもらうというスタイルだ。リアル参加も受け付けたので、三菱の福元くん、リクルートの奥本くん、大津からの中山くんら、5人の塾生が本楼に駆けつけた。◆毎期のHCUでは、最終回は塾生を相手にぼくのソロレクチャーと振り返りをするのが恒例定番になっていたので、一応同様のことをしようと思ったのだが、せっかくネットワークを通すのだから、過去期の塾生にも遠州流の家元や文楽の三味線やビリヤードの日本チャンピオン(大井さん)などのゲストにもネット参加してもらい、さらにイシス編集学校の師範何人かに参加を促した。◆加えてベルリン、上海、シリコンバレーからの視聴・発言も促し、過去期ゲストの大澤真幸、田中優子、ドミニク・チェン、鈴木寛、池上高志、武邑光裕、宮川祥子さんたちも、フルタイムないしは一時的に参加した。さあ、これだけの参加者とぼくのレクチャーを、どういうふうにAIDAをとるか。「顔」と「言葉」と「本」を現場と送信画面をスイッチングしながらつなげたのである。◆オンライン・ミーティングソフトはZOOMにしたが、それだけでおもしろいはずがない。まずは本楼で5台のカメラを動かし、チャット担当に2人(八田・衣笠さん)をあて、記事中継者(上杉くん)が付きっきりで事態のコンテンツ推移の様子をエディティングしつづけるようにした。スイッチャー(穂積くん)にも立ってもらった。かくしてハイブリッドHCUは、昼下がり1時の参加チェック開始からざっと7時間に及んだのである。だからテレワークをしたわけではない。ぼくは最近のテレワークにはほとんど関心がない。◆たんなるテレワークというなら、45年前に杉浦康平と毎晩2時間ずつの電話によるテレワークだけで分厚い『ヴィジュアル・コミュニケーション』(講談社)1冊を仕上げたことがあった。当時はFAXもなく、オートバイで資料やダミーや原稿を運びあって、制作編集をしつづけたものだった。最近のテレワークは適用機材の仕様に依存しすぎて、かえって何かを「死なせて」いるか、大事なことを「減殺しすぎて」いるように思う。プロクセミックスとアフォーダンスがおバカになってしまうのだ。テレビもネット参加の映像を試みているけれど、いまのところ芸がない。◆というわけで4月25日は、テレワークでもネット会議でもなく、新たなメディアスタイルを試みたかったわけである。はたしてうまくいったかどうか。それは参加者の感想を聞かないとわからないが、ディレクターには小森康仁に当たってもらい、1週間前にラフプランをつくり、前日は映像・音声・照明のリハーサルもした。こういう時にいつも絶対フォロアーになってくれてきた渡辺文子は自宅でその一部始終をモニターし、コメントしてくれた。当日の現場のほうは佐々木千佳・安藤昭子・吉村堅樹が舞台まわしを仕切った。安藤の胸のエンジンがしだいに唸りはじめていたので、この反応を目印に進めようと思った。◆かく言うぼく自身も、こんな試みを多人数でするのは初めてのことなので、中身もさることながら、いったい自分がどんなふうにリアルとネットを縦断したり横断したりすればいいのか、きっと自動カメラの前に顔を貼り付けてばかりいたら、すべてが「死に体」になるだろうと思い、大きな鉄木(ブビンガ)の卓上でたくさんの本を見せたり、動かしたりすることにした。書物というもの、表紙がすべてを断固として集約表現しているし、それなりの厚みとボリュームもあるので、見せようによっては、ぼくの「語り」を凌駕する力をもつ。◆そこへ編集学校でテスト済みの、ときどきスケッチブックに太い字を書きながら話すということも混ぜてみた。けれどもやってみると、けっこう忙しく、目配りも届ききれず、自分が多次元リアル・ヴァーチャルの同時送受の浸透力にしだいに負けてくるのがよくわかった。76歳には過剰だったのかもしれない。まあ、それはともかく、やってのけたのだ。◆今期のHCUのお題は「稽古と本番のAIDA」だった。すでに昨年10月から演劇ではこまつ座の座長の井上麻矢ちゃんが(井上ひさしのお嬢さん)が、スポーツからは昔なじみのアメフトのスター並河研さんとヘッドコーチの大橋誠さんが、ビリヤードからは大井直幸プロと岡田将輝協会理事が、文楽からは2日にわたって吉田玉男さんのご一門(3役すべて総勢10人余)が、そして茶道から遠州流の小堀宗実家元以下の御一党が(宗家のスペースも提供していただいた)、いったい稽古と本番とのAIDAにあるものは何なのか、いろいろ見せたり、話したり、濃ゆ~く演じてみせてくれたので、これをあらためて振り返るのはたいへん楽しかった。◆すでに今期の参加者全員がぼくの千夜千冊エディション『編集力』(角川ソフィア文庫)を課題図書として読んできてもらっていたので、随所に『編集力』からの引用などをフリップにして挿入した。たとえばベンヤミンやポランニーやエドワード・ホールだ。ついでに最新刊の『日本文化の核心』(講談社現代新書)からのフリップも入れた。◆一方、ウイルス・パンデミックの中でこのAIDAを振り返るには、きっとこういう時期にこそ「平時と有事のAIDA」を議論しなければならないだろうと思い、話をしばしばこの問題に近寄せた。とくに日本株式会社の多くが平時に有事を入れ込まないようになって、久しく低迷したままなので(いざというとお金とマスクをばらまくだけなので)、こちらについてはかなりキツイ苦言を呈してみた。◆とくに「有事」はエマージェンシーであるのだからこれは「創発」をおこすということであり、さらにコンティンジェンシーでもあるのだから、これは「別様の可能性をさぐる」ということなのである。このことを前提にしておかない日本なんて、あるいはグローバルスタンダードにのみ追随している日本なんて、かなりの体たらくなのである。そのことに苦言を呈した。もっと早々にデュアルスタンダードにとりくんでいなければならなかったのである。◆もうひとつ強調しておいたのは、いまおこっていることはSARSやMARS以来のRNAウイルスの変異であって、かつ「ZOONOSIS」(人獣共通感染状態)の変形であるということだ。つまり地球生命系のアントロポセンな危機が到来しているということなのだが、そのことがちっとも交わされていない日本をどうするのか、そこを問うた。◆そんな話をしながら、7時間を了えた。ぐったりしたけれど、そのあとの参加者の声はすばらしいものだったので、ちょっとホッとした。そのうち別のかたちで、「顔」と「言葉」と「本」を「世界と日本」のために、強くつなげてみたいものである。, ◆世界中がウイルス・パンデミックの渦中におかれることになった。RNAウイルスの暴風が吹き荒れているのである。新型コロナウイルスがSARSやMARSや新型インフルエンザの「変異体」であることを、もっと早くに中国は発表すべきだったのだろう。そのうえで感染症を抑える薬剤開発やワクチンづくりに臨んでみたかった。◆ちなみに「変異」や「変異体」は21世紀の思想の中心になるべきものだった。せめてフランク・ライアンの『破壊する創造者』(ハヤカワ文庫)、フレデリック・ケックの『流感世界』(水声社)を読んでほしい。千夜千冊ではカール・ジンマーの『ウイルス・プラネット』を紹介したが、中身はたいしたことがなく、武村政春さんの何冊かを下敷きにしたので(講談社ブルーバックスが多い)、そちらを入手されるのがいいだろう。◆それにしても東京もロックダウン寸前だ。「自粛嫌い」のぼくも、さすがに家族からもスタッフからも「自制」を勧告されていて、この2週間の仕事の半分近くがネット・コミュニケーションになってきた(リアル2・5割、ネット参加7・5割のハイブリッド型)。それはそれ、松岡正剛はマスクが嫌い、歩きタバコ大好き派なので、もはや東京からは排除されてしかるべき宿命の持ち主になりつつあるらしい。そのうち放逐されるだろう。◆もともとぼくは外に出掛けないタチで(外出嫌い)、長らく盛り場で飲んだり話しこんだりしてこなかった。学生時代に、このコンベンションに付き合うのは勘弁してもらいたいと思って以来のことだ。下戸でもある。だから結婚式や葬儀がひどく苦手で、とっくに親戚づきあいも遠のいたままにある。◆これはギリとニンジョーからするとたいへん無礼なことになるのだが、ぼくのギリとニンジョーはどちらかというと孟子的なので、高倉健さんふうの「惻隠・羞悪・辞譲・是非」の四端のギリギリで出動するようになっている。たいへん申し訳ない。◆ついでにいえば動物園はあいかわらず好きだけれど、ディズニーランドは大嫌いだ。レイ・ブラッドベリの家に行ったとき、地下室にミッキーマウスとディズニーグッズが所狭しと飾ってあったので、この天下のSF作家のものも読まなくなったほどだ。これについては亡きナムジュン・パイクと意見が一致した。かつての豊島園には少し心が動いたが、明るい改装が続いてからは行っていない。◆スポーツ観戦は秩父宮のラグビーが定番だったけれど、平尾誠二が早逝してから行かなくなった。格闘技はリングスが好きだったけれど、横浜アリーナで前田日明がアレクサンダー・カレリンに強烈なバックドロップを食らって引退して以来、行かなくなった。ごめんなさい。子供時代はバスケットの会場と競泳大会の観戦によく行っていた。◆つまりぼくは、できるかぎりの脳内散歩に徹したいほうなのである。それは7割がたは「本」による散策だ(残りはノートの中での散策)。実は、その脳内散歩ではマスクもするし、消毒もする。感染を遮断するのではなく、つまらない感染に出会うときに消毒をする。これがわが「ほん・ほん」の自衛策である。◆ところで、3月20日に『日本文化の核心』(講談社現代新書)という本を上梓した。ぼくとしてはめずらしくかなり明快に日本文化のスタイルと、そのスタイルを読み解くためのジャパン・フィルターを明示した。パンデミックのど真ん中、本屋さんに行くのも躊らわれる中での刊行だったけれど、なんとか息吹いてくれているようだ。◆ほぼ同じころ、『花鳥風月の科学』の英語版が刊行された。“Flowers,Birds,Wind,and Moon”というもので、サブタイトルに“The Phenomenology of Nature in Japanese Culture”が付く。デヴィッド・ノーブルさんが上手に訳してくれた。出版文化産業振興財団の発行である。◆千夜千冊エディションのほうは『心とトラウマ』(角川ソフィア文庫)が並んでいる最中で、こちらはまさに心の「変異」を扱っている。いろいろ参考になるのではないかと思う。中井久夫ファンだったぼくの考え方も随所に洩しておいた。次の千夜千冊エディションは4月半ばに『大アジア』が出る。これも特異な「変異体」の思想を扱ったもので、竹内好から中島岳志に及ぶアジア主義議論とは少しく別の見方を導入した。日本人がアジア人であるかどうか、今後も問われていくだろう。, ◆このところ、千夜千冊エディションの入稿と校正、ハイパーコーポーレート・ユニバシティの連続的実施(ビリヤード、遠州流のお茶)、講談社現代新書『日本文化の核心』の書きおろしと入稿、角川武蔵野ミュージアムの準備、ネットワン「縁座」のプロデュース(本條秀太郎の三味線リサイタル)、九天玄気組との記念的親交、イシス編集学校のさまざま行事などなどで、なんだかんだと気ぜわしかった。◆こういうときは不思議なもので、前にも書いたけれど、隙間時間の僅かな読書がとても愉しい。1月~2月はガリレオやヘルマン・ワイルなどの物理や数学の古典にはまっていた。この、隙間読書の深度が突き刺すようにおもしろくなる理由については、うまく説明できない。「間食」の誘惑? 「別腹」のせい? 「脇見」のグッドパフォーマンス? それとも「気晴らし演奏」の醍醐味? などと考えてみるのだが、実はよくわからない。◆さて、世間のほうでも隙間を狙った事態が拡大しつつあるようだ。新型コロナウィルス騒ぎでもちきりなのだ。パンデミック間近かな勢いがじわじわ報道されていて、それなのに対策と現実とがそぐわないと感じている市民が、世界中にいる。何をどうしていくと、何がどうなるはかわからないけれど、これはどう見ても「ウィルスとは何か」ということなのである。◆ウィルス(virus)とはラテン語では毒液とか粘液に由来する言葉で、ヒポクラテスは「病気をひきおこす毒」だと言った。けれどもいわゆる細菌や病原菌などの「バイキン」とは異なって、正体が説明しにくい。まさに隙間だけで動く。◆定義上は「感染性をもつ極微の活動体」のことではあるのだが、他の生物の細胞を利用して自分を複製させるので、まさに究極の生物のように思えるのにもかかわらず、そもそもの生体膜(細胞膜)がないし、小器官ももっていないので、生物の定義上からは非生物にもなりうる超奇妙な活動体なのである。◆たとえば大腸菌、マイコプラズマ、リケッチアなどの「バイキン」は細胞をもつし、DNAが作動するし、タンパク質の合成ができるわけだ。ところがウィルスはこれらをもってない。自分はタンパク質でできているのに、その合成はできない。生物は細胞があれば、生きるのに必要なエネルギーをつくる製造ラインが自前でもてるのだが、ウィルスにはその代謝力がないのである。だから他の生物に寄生する。宿主を選ぶわけだ、宿主の細胞に入って仮のジンセーを生きながらえる。◆気になるのはウィルスの中核をつくっているウィルス核酸と、それをとりかこむカプシド(capsid)で、このカプシドがタンパク質の殻でできている粒子となって、そこにエンベロープといった膜成分を加え、宿主に対して感染可能状態をつくりあげると、一丁前の「完全ウィルス粒子」(これをビリオンという)となってしまうのである。ところがこれらは自立していない。他の環境だけで躍如する。べつだん「悪さ」をするためではなく、さまざまな生物に宿を借りて、鳥インフルエンザ・ウィルスなどとなる。◆おそらくウィルスは「仮りのもの」なのである。もっとはっきり予想していえば「借りの情報活動体」なのだ。鍵と鍵穴のどちらとは言わないが、半分ずつの鍵と鍵穴をつくったところで、つまり一丁「前」のところで「仮の宿」にトランジットする宿命(情報活動)を選んだのだろうと思う。◆ということは、これは知っていることだろうと思うけれど、われわれの体の中には「悪さ」をしていないウィルスがすでにいっぱい寝泊まりしているということになる。たとえば一人の肺の中には、平均174種類ほどのウィルスが寝泊まりしているのである。◆急にウィルスの話になってしまったが、ぼくが数十年かけてやってきたことは、どこかウィルスの研究に似ていたような気もする。さまざまな情報イデオロギーや情報スタイルがどのように感染してきたのか、感染しうるのか、そのプロセスを追いかけてきたようにも思うのだ。, ◆正月はどこにも行かず、誰にも会わず、とくに何も食べたいとも思わず、体もいっさい動かさなかった。まあ、幽閉老人みたいなものだが、何をしていたかといえば、猫と遊び、仕事をしていたわけだ。千夜千冊エディションを連続的に仕上げていたに近い。◆それでもおととい、マキタ・スポーツと遊談して(ギターの歌まねも聞かせてもらい)、きのう、山本耀司と十文字美信と語らったことで、すべてがディープ・シャッフルされ、たいへん気分がいい。◆そんなところへ多読ジムが始まった。木村久美子の乾坤一擲で準備が進められてきたイシス編集学校20周年を記念して組まれたとびきり特別講座だ。開講から104名が一斉に本を読み、その感想を綴り始めた。なかなか壮観だ。壮観なだけでなく、おもしろい。やっぱり本をめぐる呟きには格別なものがある。ツイッターでは及びもつかない。参加資格は編集学校の受講者にかぎられているのが、実はミソなのである。◆みんなが読み始めた本の顔触れも目映い。ちょっと摘まんでみると、こんなふうだ。◆須賀敦子『地図のない道』、アレクシエーヴィッチ『戦争は女の顔をしていない』、木村敏『時間と自己』、野村雅昭『落語の言語学』、ユヴァル・ハラリ『21レッスン』、長沢節『大人の女が美しい』、赤坂真理『箱の中の天皇』、マット・マドン『コミック文体練習』、菅野久美子『超孤独死社会』、ハント他『達人プログラマー』、大竹伸朗『既にそこにあるもの』、ダマシオ『デカルトの誤り』、早瀬利之『石原莞爾』、斎藤美奈子『日本の同時代小説』、磯崎純一『澁澤龍彦伝』、グレッグ・イーガン『TAP』、原田マハ『風神雷神』。◆ふむふむ、なるほど。赤坂真理の天皇モンダイへの迫り方も、大竹伸朗のアートの絶景化もいいからね。◆高田宏『言葉の海へ』、インドリダソン『湿地』、田中優子『未来のための江戸学』、アナット・バニエル『動きが脳を変える』、有科珠々『パリ発・踊れる身体』、パラシオ『ワンダー』、イーガン『ディアスポラ』、伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、中村淳彦『東京貧困女子』、浜野ちひろ『聖なるズー』、スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』、大澤真幸『〈問い〉の読書術』、中屋敷均『ウイルスは生きている』、小林昂『日本プラモデル60年史』、鷲田清一『人生はいつもちぐはぐ』、イサク・ディーネセン『アフリカの日々』、佐藤優『同志社大学神学部』。◆うんうん、よしよし。イーガンや大澤君のものはどうしても読んでおいてほしいからね。これらの感想について、冊師たちが交わしている対応が、またまた読ませる。カトめぐ、よくやっている。◆では、つづき。穂村弘『絶叫委員会』、原田マハ『リーチ先生』、上野千鶴子『女ぎらい』、畑中章宏『天災と日本人』、藤田紘一郎『脳はバカ、腸はかしこい』、ボルヘス『詩という仕事について』、松岡正剛『白川静』、モラスキー『占領の記憶・記憶の占領』、柄谷行人『隠喩としての建築』、藤野英人『投資家みたいに生きろ』、バウマン『コミュニティ』、酒井順子『本が多すぎる』、バラード『沈んだ世界』、堀江敏幸『回送電車』、アーサー・ビナード『日々の非常口』、島田ゆか『ハムとケロ』、ダマシオ『意識と自己』、荒俣宏『帝都物語』、白州正子『縁あって』、野地秩嘉『キャンティ物語』、ヘレン・ミアーズ『アメリカの鏡』、國分功一郎『原子力時代における哲学』、ミハル・アイヴァス『黄金時代』、ウェイツキン『習得への情熱』、江國香織『絵本を抱えて部屋のすみへ』、内田樹『身体の言い分』。このへんも嬉しいね、アイヴァスを読んでくれている。◆実に愉快な本たちだ。ぼくが読んでいない本はいくらもあるけれど、イシスな諸君の読み方を読んでいると、伊藤美誠のミマパンチを見たり、中邑真輔のケリが跳んだときの快感もあって、それで充分だよと思える。◆読書は好きなお出掛けのための身支度であって、アマプロまじりの極上ゲームの観戦体験で、つまりは組み合わせ自由の乱行気味の交際なのである。もともとはモルフェウスのしからしむ誘眠幻覚との戯れなのだけれど、これを共読(ともよみ)に変じたとたんに、世界化がおこるのだ。こんな快楽、ほかにはめったにやってこない。, 久々にコクがあってキレのある告白を読めた。おまけに破れ目があるのが、よかった。 2012年1月14日、米長邦雄は世界最強のコンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」との対局に挑んだ。初手に奇策6二玉を指し、前半を圧倒的に有利に進めながらも、79手目のボンクラーズの6六歩を見ていささか迷い、88手目の4五歩で決定的な敗着を打ち、ついに113手で投了して敗れた。 本書はその詳細な記録と悔しい思いを本気で吐露してみせた一冊だ。当日の局面はニコニコ動画でナマ配信されたので、あるいは覗いていた読者もいるだろうが、局中から後手の初手6二玉の鬼手が話題になり、喧々諤々の論議を呼んだ。局後も、プロ棋士や将棋ファンのあいだでこの手を評価する者と疑問視する者とが分かれ、久々に棋界周辺が熱気に包まれた。 米長は敗戦後も6二玉に至った全過程をあれこれ吟味して、この一手には米長の将棋ジンセーを振り返るべきすべてのエッセンスと、いまどきのコンピュータ・アルゴリズムに対する執拗な挑戦意識があったからだととの感懐に達したようだ。 ぼくは発売直後にすぐ読んだのだが、たいへん身につまされた。それまで米長の将棋にもふるまいにもとくに関心がなかったのだが、本書を読んでやたらに米長にはエライものがあるとも感じた。どうしてそんなふうに感じたのか、何がエライのか。今夜はあらためてそのへんをぼくの経験をいささかムリに交えつつ、少しくスケッチしてみる。, 米長邦雄はぼくとほぼ同い歳である。山梨生まれの米長が半年ほど早い。その後の米長は「将棋指し」として50年以上を貫き、ぼくは「編集指し」として50年近くを貫いてきた。二人ともつまりは“指し物師”なのだ。 米長には3人の兄がいて、いずれも東大に進んだ。これを「兄たちはアタマが悪いから東大に行った。自分はアタマがいいから将棋指しになった」と嘯いた。ぼくには男兄弟がいない。妹は山登りと子育てが好きで、学校の成績は1番か2番を通していたようだが、ひどい喘息を克服したことを除いてはフツーの妹だ。それで妹とはカンケーなく早稲田に行って、ほとんど授業を無視して研究室に出入りし、学生運動でアジビラを切っていた。 米長には、どんな消化試合でもそれが相手にとって重要な対局ならば、全力をもって相手を打ち負かすという“行為の哲学”がある。ギョーカイでは米長哲学といわれる。この気持ち、よくわかる。 一方、米長は若い頃からたいそうな女好きで知られ、それをけっこう自慢しただけでなく、42歳で写真週刊誌で妖しいヌードを披露した。「ストレス解消法は何か」と問われたときは「口に出すわけにはいかない」とにやりと笑い、「可能ならばやりたいスポーツは?」という質問には「段違い平行棒」と答えた。 ぼくも大半の編集対局に手を抜かないが、とくにアマチュアがプロフェッショナルな何かに向かおうとしているときは、年齢にカンケーなくできるかぎり厳しくする。打つ手は厳しいが、このときの気持ちはたいへん温かい。なぜそのようにするかといえば、そのようなときこそぼくの中に秘められていた“方法”が露出するからだ。それを相手に盗んでほしいからだ。, もう少し、ムリクリな比較を続けると、女好きであることはほぼ御同類だろうが、ぼくは捌き方がへたくそで、たいていは「女ごころがわかっていない」と詰(なじ)られる。写真を撮られることは少なくはないけれど、ハダカになる気はない。なりたくもない。 それにしても米長の「段違い平行棒」はみごとな回答だった。なかなかこういう当意即妙は出てこない。ぼくのしてみたいスポーツは馬術か、もしくは長らく「70歳になってから暴走族になること」だったのだが、これはとんと自信がなくなった。なんであれ米長の自信には適わない。, 米長は金に甘く、金に強いとも言っておかなくてはならない。将棋の金将の打ち方のことではない。カネに甘くて強いのだ。 だからいっとき株に手を出していた。米長流「株の儲け方」といった本もあったかと思う。株をやったのは「生活のことを気にするようでは将棋が弱くなる」という方針によるものらしいが、電話一本で儲かるしくみにモンダイを感じて、ある日、大枚を新居購入につぎこんでこのクセを封じ手にした。 ちなみにこんなことはナンの自慢にもならないが、癌の経験者としてはぼくが早く、米長は3年前に前立腺癌に罹り、放射線治療を受けた。『癌ノート』(ワニブックス)という手記もある。ボンクラーズとの対戦中もまだ治癒しきっていなかった。, 米長の棋風は厚み重視の居飛車派だが、終盤になると複雑な攻防を好む棋癖があった。棋界では「泥沼流」とよばれる。本人はこれを「さわやか流」と名付ける。早指しは強かった。 しかし将棋ジンセーとしては時代のめぐりあわせで、大山康晴と中原誠が巨大に立ちはだかる壁となり、なかなか早指しとはいかず、前途がしばらく開かなかった。それでも1979年の8度目の王位挑戦で中原を破ると、その後は全面開花して史上3人目の四冠王となった。 ところが名人位だけはなぜか遅咲きで、50歳でやっと名人になった。ぼくはこのときだけは大いに称えたいと思ったものだ。遅咲き、大好きなのだ。けれどもとたんに若き羽生善治があらわれて、米長を打倒してさっさと名人に就いた。サイコーの栄誉とはそういうものなのだ。首相になったら、あとはその座を去るだけなのだ。米長もそれ以降はタイトル戦から遠ざかり、いまは日本将棋連盟の会長として全将棋界に君臨する。 ちなみにぼくは、そうとう自覚的に「遅咲き」を自分に課してきた。一番したいことをできるだけ後回しにするように言いきかせてきた。なぜそんなふうにしたかというと、したいと思ったことが薄っぺらになるのがつまらないからだ。それよりも課題とやりたいことが数珠つなぎに膨らんでいったほうがいい。編集指し物師は、複雑で多様であればあるほど、あとで腕を発揮できるのだ。 ま、ここまでくると将棋打ちとはいろいろ異なることもあろうけれど、それはともかく、では米長は、かなり好きなジンセーを歩んで永世棋聖と呼ばれ、いまは日本将棋連盟のトップにいるのにもかかわらず、なぜにまたわざわざリスクが高い世紀の対局に挑むことになったのかということだ。 お座興にしては度が過ぎているし、話題をとるには戦いが高度でありすぎる。そこには抜き差しならない前史があったようなのだ。, コンピュータに将棋ソフトが登場したのは37年ほど前のことだった。すぐにファミコン・ソフトにもなった。当初はどうしょうもなくへなちょこソフトで、ぼくですら時間つぶしにもならなかった(ぼくの棋力は当時は2級か3級。おそらく今も)。 そのソフトがいつしかアマチュア初段レベルに達してからは、加速度的に強くなっていった。とりわけ2005年に「激指」(げきさし)というソフトが登場すると、第18回アマチュア竜王戦全国大会に特別参加の資格で出場して、またたくまに3連勝するという驚くべき事件がおきた。アマチュアのトップクラスと同等の棋力になったのである。 そのうち、プロ棋士が余興でコンピュータ・ソフトと対戦して負けたという話も伝わってきた(「激指」はその後は市販ソフトになった)。これはプロとしては恥である。 連盟会長の立場にいる米長としてはこれはヤバイことになったと思い、「プロ棋士はコンピュータと指してはならない。ただし対局料が1億円以上であればいい」という異様なお触れを出した。 カネで「電子の攻勢」を阻もうとしたあたりが米長らしいのだが、ここには理屈もある。その話はあとでするとして、これで恥をかくことがなくなったと思いきや、大和証券グループの鈴木茂晴社長から「うちがスポンサーをするから、ネット将棋をやりましょう」と申し込んできた。 相手は、2006年5月の「世界コンピュータ将棋選手権」で優勝したソフト「ボナンザ」だ。このソフトは当時の電子将棋界の最強の英傑で、保木邦仁チームが開発した。1秒間で400万手を読んだ。 ついでながら保木はボナンザをオープンソースにし、後続する開発者たちに将棋アルゴリズムによる最強ソフトへの道を開いた。米長を打ち負かしたボンクラーズはこのボナンザをベースに開発されたものなのだ。こちらを開発したのは伊藤英紀である。富士通の子会社にいた。伊藤の工夫につぐ工夫で、ボンクラーズはなんと1秒に1800万手を読むという化け物ソフトになっていった。が、それはもう少しあとのこと。, 話戻って、米長はこのボナンザの対局者として、最初は佐藤康光棋聖(当時)を選んだらしい。佐藤は周囲から「1秒で1億と3手を読む男」と言われていた。ところが佐藤はいともあっさりと固辞した。 米長は粘って「そんな堅いことを言わずに受けてくれ。1000万円以上の収入にもなる。しょせん遊びやないか」と口説いたが、佐藤はむっとして「米長センセイ、そこに正座してください」と眦(まなじり)を決した。これはマズイと居ずまいをただした米長に、佐藤は「プロが将棋を指すのに遊びということがありますか云々」と説教をした。 こうして2007年3月、米長はいろいろ反省を踏まえたうえで、ボナンザの相手に渡辺明竜王を選んだ。渡辺は応じた。対局料は1億円で、棋士には1割程度が入る。会場は一流ホテル。対局プロデュースには広告代理店が動いたので、フロアからスモークが出るという噴飯ものの演出になったが、それでも渡辺はなんとか勝った。 が、どう見てもヒヤヒヤするほどの接戦だったのである。米長はこれではそのうちプロが負けるのも遅くないと覚悟した。ボナンザと渡辺との戦いの記録は、保木邦仁・渡辺明の『ボナンザVS勝負脳』(角川新書)に詳しい。, 2010年、情報処理学会から対局の申し込みがあった。将棋普及でいつもお世話になっている団体なので、逃げるわけにはいかない。今度は女流ナンバーワンだった清水市代女流王将を選んだ。相手は208台のスーパーコンピュータをつないだ「あから2010」。会場は東京大学本郷キャンパス。 どうなることかと全員が案じたが、米長は清水が艶やかな着物姿で臨んだことに、何か感動をおぼえた。けれども勝負は「あから」の圧勝だった。いよいよ絶体絶命である。米長は考えこんだすえ、「今後のプロとの対局には次の条件を満たしてほしい。第一候補は羽生善治で、対局料は7億800万円を払いなさい」と通達した。 7億円は法外だが、こういう計算だった。米長は羽生とこの件を相談したとき、羽生から「もし自分が対局するなら人間と戦う棋戦のすべてを欠場します。そして1年をかけてコンピュータ将棋を研究します」と聞いていた。そうだとすると羽生が1年のすべての棋戦を欠場するだけで数億円の損失になる。のみならずコンピュータとの対局後にどうなるかといえば、以前のタイトルが戻るわけではない。シード権も失ったままになる。その後は5番勝負や7番勝負に勝ち続けなれければならない。これらのリスクを計算するとおおよそ7億円になるというわけだ。いや、羽生なら7億円でも安いのではないか。 むろんこの数字で対局を申し込む連中はいまい。そこでここが米長の変なところだが、「おとり物件」「格安物件」を入れておいた。それが対局料をぐっと安くした1000万円の“米長旧名人”がお相手しますという特出しメニューだったのである。 この「おとり物件」に乗ってきた者がいた。中央公論新社の前社長の浅海保だった。1000万円なら乗ったということだ。その後、ドワンゴの川上量生会長も乗った。こうしてボンクラーズと米長との世紀の一戦が実現する運びとなったのだ。 対局コンピュータはボンクラーズと決まった。超々強敵である。持ち時間は3時間ずつ、使いきったら一手一分以内。会場は将棋会館。 対局日は2012年1月14日となった。対戦100日前の10月6日には記者会見もした。米長は「電王戦」という名前をつけた。会見の席上ではドワンゴの川上と振り駒をして、米長が後手番だということも決まった。さあ、特出しメニューながら、これで米長が本気になっていく。, 自分の弱点を知ることは敵を知る以上に重要だ。そのくらいのことは十分に心得ている米長は、まず自己点検に入った。 いったい自分はどのくらい弱くなっているのか。仮りに名人をとった50歳が頂点だったとすると、自分は60歳で引退したのだから、そこまでで棋力はかなり落ちている。そこからさらに7~8年がたった。いま現在の自分ははたしてナンボのものなのか。 実力を計るのには誰かと対局したくらいではわからない。相手によっていろいろゆらぐ。諸君もこのことはよく弁まえたほうがいい。「読み」というものは、自分で自分が自分を相手に力をつけていくものなのだ。そこで米長は詰将棋を目盛りとしてみた。 20歳そこそこのときは「看寿の百番」をすべて解く熱意があった。才能も伸びた。69手詰でもへいちゃらだった。35歳のときは、そんな詰将棋が実践に出るわけがないだろうという気になった。それでも米長の将棋ジンセーは35歳からが本番だったので、19手詰や37手詰くらいのものを毎日解くようにしていた。「読み」の水準を維持するためだ。 このこと、ぼくが年齢にしたがって本をどのくらい読めるか、どの程度の深度や軽度で文章が書けるかということを、つねに絶やさず確かめ続けたのとほぼ同質のエクササイズなので、たいへんよくわかる。それをしていないと「読み」が落ちていく。そうすると相手が誰であろうと、どんな話を仕切れるのかの目盛りも失っていく。 米長は55歳を過ぎて衰えを少しずつ感じたと書いているが、ぼくもそのあたりから「読み」と「切れ」についての大局と細部の蝶番に多少の変化を感じていた。そこで「読み」の軌道を新たなメトリックをもって変えていくしかないと実感していた。それが55歳くらいからの「千夜千冊」の連打に向かうという大修行になったわけである。, 米長のほうは65歳をこえて、詰将棋をしていても「これは10手以上かかりそうだ」と見えたとたんに、自分の気力が萎えていくのを思い知ったようだ。 しかし、これではとうていボンクラーズに向かえるはずがない。米長は気力をふりしぼって改めて詰将棋に向かうことにしたようだ。まさに米長必至の緊急千夜千冊だ。 ただし棋力を回復させるには、ゼッタイに答えを見ずにとことん自力で考え続けるということをする。正解があると知ったり、これを手前で拾おうとしてはパーなのだ。お題には素手で向うべきなのだ。こうして谷川浩司の『月下推敲』を毎日解いていくようにした。 ところが、ところがである。そうやって自分が1時間かかってやっと解いた詰将棋を、コンピュータのほうはあっというまに解いていく。とりあえず「激指」をやってみて愕然とした。1手10秒に設定すると、米長の勝率は2割を割った。市販ソフトを相手にこのザマなのだ。 米長はもっと全面的にならなきゃダメだと覚悟した。数十万円をはたいて高機能パソコンを仕入れ、伊藤英紀にお願いしてそこにボンクラーズをインストールしてもらうことにした。 当初はとうてい勝負にならなかったのだが、今度は必死に相手コンピュータの研究をしてみた。ボンクラーズは22秒できっかり指してくる。対する米長は2~3秒の早指しで応じていった。ことごとく勝負は負けた。ともかくどんな戦法も熟知している。矢倉の繊細きわまりない駆け引きも、相振り飛車の指しまわしも、横歩取りの激しい変化も、完璧だ。なにしろ米長将棋の棋譜を全部もっている。これでは勝てるわけがない。 けれどもそのうち、そうか、ああ指せばよかったのか、うんうんあそこに隙間があったのかと思えるようになった。まったく歯が立たないのではなくて、「自分に問題がある」ということが見えてきた。こうして12月半ばになって、ついにボンクラーズの一大弱点を発見することになったのである。, ぼくが感心したのは、米長がコンピュータ将棋にのめりこみながら、実は棋士というものが将棋盤に駒を並べることによってこそ、その実力の総体が縦横無尽にはたらくのだということに気がついたことである。 これは棋士には“身体知”が必要だということで、これに気がついたのはいまさらながらの大発見だ。アニー・ディラード(717夜)が10行の文章を書くのにも、ときに100平米の空間がいると言っていることと同じだ。そこで米長はパソコンの隣に将棋盤をおき、一手ずつ盤面に駒を並べて対局するようにした。パソコンを牛耳るにはパソコンが用意した端末に合わせていてはダメなのだ。これではいつまでたっても“PC読み”に従うしかなくなっていく。 そのうえで持ち時間をのばしていった。これで変化があらわれてきた。持ち時間1時間ならやや負け越す程度、3時間なら3局指して1勝2敗のところまでこぎつけた。 これで気持ちがだんだんふっ切れてきた。米長は「コンピュータのほうが自分より強い」ことを全面的に認めることができるようになる一方で、それなら特別の戦略を自分の身体知を十分に動けるようにして練ろうという気になっていったのだ。そしてある日、ボンクラーズにも解けない手筋があることを発見したのだった。, ボンクラーズは飛車と角と歩が相手陣地に入ったときは必ず成るようにプログラムされている。しかしアマチュアのファンなら知っての通り、7手詰めの詰将棋にさえ「角成らず」や「歩成らず」の局面はけっこう多い。 ところがこの手の問題で、ボンクラーズはミスを犯すのだ。また、入玉にめっぽうふらつくこともわかってきた。 そうか、ボンクラーズにも弱点があるのなら、これは必ずなんとかなるはずだ。しかしながら「成らず」も「入玉」も序盤ではおこらない。一気に序盤からリードして、そのまま巧みに「成らず」や「入玉」に持っていくにはどうするか。答えは一つ、おそらく初手からコンピュータを迷わせるべきなのだ。HALを狂わせることなのだ。 米長が後手番であることは決まっていた。ならばボンクラーズの先手の初手は7六歩になるだろう。で、どうするか。ボンクラーズを最初から迷わせるしかあるまい。 かくして思いついたのが世間を騒がせた初手6二玉だったのである。このヒントはボナンザの開発者の保木邦仁によるものだったらしいが、いったんそこに気がついた米長はここで大いに戦略的自信をもった。そして、この一手に賭けて、すべてを組み上げていくことにした。, ここから先、米長がどのように当日の対局に向かっていったかという用意周到はたいへんおもしろい。いや、大いに学ぶべきものがある。 まず、米長は当日の対局時に誰が駒を並べるかを指定させてほしいという条件を出した。指し手を決めるのはボンクラーズなのだから、誰が代わりに盤面を打っても事態は変わらないはずだが、そうではないことに米長はちゃんと気づいていた。 勝負はナマである。それには身体知も環境知もフル稼働できなければならず、そこでは“呼吸”も“間合い”も将棋そのものなのだ。これは編集にとって「場」が必須になっていることや「相互性」が重大な秘密を握っていることと、まったく同断だ。 そこで米長は、①将棋が強い、②私と同様に対局に真剣になれる、③目障りにならず、私の気を散らさない、④私を尊敬している、という4条件を満たせる打ち手を選び出すことにした。この条件を満たせる者は世界中でもそんなにいない。絞ればせいぜい3、4人であろう。米長は中村太地4段を選び出す。 このことについて、本書で興味深いことを明かしている。米長は現役のころから運がよくなりそうな相手とは付き合い、運が逃げそうな奴とはできるだけ付き合わないという方針を徹底してきたらしい。その区別をどこでするのかというと、「米長が負けたらおもしろい」と思う者は運を悪くする。「どうしても米長のいいとろを見たい」と思う者なら運がうまく動いていく。そのことで判断するのだという。 なるほど、これは言い得て妙である。味方か敵かを判定するのではない。敵であってもいい勝負をしたいと思っている連中は少なくない。そういう奴とはちゃんと付き合っていく。マスコミはたいていは米長が負ければおもしろいのだから、こんな連中とは適当にしか付き合えない。そんなふうにしてきたという。 なるほど、なるほどだ。米長はまずはコンピュータの指し手をセレンディップな男にすることで、アドバンテージをとったのだ。, 次に、米長は椅子での対局を申し入れた。これはたんに正座ができない体になっていたからだが、こういうところをすかさず仕組んでいったのはさすがであった。 むろんかつての米長なら2日間の対局中、ずうっと正座をするのは平気だった。それどころか正座をすることで脳内物質が出ているだろうという覚醒状態もつくれた。勝負とは必ずやそういうものなのだ。それがダメになったのだから、この選択はきわめて妥当だったろう。 ぼくもステージ上でどんな椅子に坐るかによって、話の中身が微妙に変わってくることを知っている。 ついで当日のシミュレーションもした。いろいろ想定してみると、前日から将棋会館に泊まるべぎだという結論を得た。当日は100人を越す報道陣も知り合いも駆けつける。そんなところへ玄関から入っていけば、たちまちフラッシュをたかれ、何かと質問を受け、それだけで気が散っていく。だから泊まることにした。これなら対局場にすうっと入っていける。 もうひとつ手筈を整えることにした。当日は記者会見以外の取材にはいっさい応じない、撮影にも応じないということだ。, だいたいこんなことを決めて臨むことにしたのだが、最後の仕上げが残っていた。女房に「俺は勝てるだろうか」と聞くことだ。 女房は将棋についてはルールがわかる程度で、ふだんは意見を聞いてもナンの役に立たないのだが、だからこそ「あなたなら大丈夫でしょう」という仕上げの一言が聞きたかったのだ。ところが答えは仰天するものだった、なんと「あなたは勝てません」なのである。 さあ、そう言われると気になってくる。何をもって自分が勝てないと感じたのか。すると米長夫人はこう言ってのけた、「あなたには全盛時代にくらべて欠けているものがある」。 いったい何が欠けているのか。酒は飲んでない。将棋に対する情熱もそうとうに回復した。しいていえば前立腺癌が治っていないことくらいではないか。しかし、そんなことで「勝てない」とは言えまい。そこでおそるおそる聞いてみた。 すると夫人は世にも恐ろしいことを言ったのだ、「全盛期のあなたと今のあなたには、決定的な違いがあるんです。あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません!」。 ガーン、ガーン、である。それではお言葉に甘えてとも言えないし、そんなことよりこの問題と自分が最後の勝負に出ようとしていることが緊密につながっているという意外な脈絡にショックを受けた。しかし、夫人の予想通り、米長は愛人を作らず、コンピュータを相手にして、そして敗れ去ったのである。 その後、米長は夫人の言葉の意味を「あなたはね、ナーバスになりすぎたのよ」という意味に解釈するようにしたそうだ。, このほか、本書にはいろいろ学ばされることが出入りする。身につまされることも少なくない。 万全を期していたはずだったのに、当日対局の午前中の打ち合いが終わり「休憩です」と言われて部屋を出た瞬間、女性記者が写真を撮ったとき、米長は苛々として「あなたはルール違反だ。すぐに将棋会館から出ていくべきだ」と言ってしまい、これでリズムを崩したという話など、なんとも含蓄のあるエピソードだった。ぼくもいろいろ思い当たることがあるからだ。 が、それらは本書を手にしてみて、諸君なりに感じてもらうのがいいだろう。また本書には詳しい棋譜と自戦解説も載っている。一度は並べてみるのもおもしろい。 それになにより、本書は将棋ファンにもコンピュータ派にも、また編集工学ファンにも絶妙な説得力をもつ。仕事もジンセーも、すべからく「読み」こそが問題なのだから。それゆえ本書は、千夜千冊「読相篇」に入るにふさわしい一冊だったのです。, 『われ敗れたり:コンピュータ棋戦のすべてを語る』著者:永世棋聖 米長邦雄(日本将棋連盟会長)編集:井之上達矢撮影:薈田純一装幀:金澤浩二2012年2月10日 初版発行発行者:小林敬和発行所:中央公論新社, 【目次情報】はじめに第1章 人間を凌駕しようとするコンピュータ将棋ソフト第2章 △6二玉への道第3章 決戦に向けて第4章 1月14日、千駄ヶ谷の戦い第5章 記者会見全文第6章 コンピュータ対人間、新しい時代の幕開け第7章 自戦解説第8章 棋士、そして将棋ソフト開発者の感想あとがき, 【著者情報】米長邦雄(よねなが・くにお)将棋棋士。永世棋聖。1943年6月に山梨県で生まれ、1963年4月にプロ入り、1984年には四冠王(棋聖、十段、棋王、王将)を達成する。1993年には史上最高齢の49歳11ヶ月で名人位を獲得し、2003年12月に引退。通算成績1103勝800敗1持将棋。2003年5月に日本将棋連盟専務理事となり、2005年5月には会長に選出された。2005年6月現在、日本将棋連盟会長、東京都教育委員会委員、日本財団評議員、日本テレビ放送番組審議会委員などを務めている。, 将棋棋士。永世棋聖。1943年6月に山梨県で生まれ、1963年4月にプロ入り、1984年には四冠王(棋聖、十段、棋王、王将)を達成する。1993年には史上最高齢の49歳11ヶ月で名人位を獲得し、2003年12月に引退。通算成績1103勝800敗1持将棋。2003年5月に日本将棋連盟専務理事となり、2005年5月には会長に選出された。2005年6月現在、日本将棋連盟会長、東京都教育委員会委員、日本財団評議員、日本テレビ放送番組審議会委員などを務めている。.

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